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顔認証による入退室管理システムを事業の中核に据え、快進撃を続ける株式会社セキュア。市場ニーズを先取りしていち早く商品化するエネルギーの源泉は何か。連載4回目の「CTO倉持のTech Crawling」では、今年で"第二創業"から丸10年を迎える同社の谷口 辰成社長に、会社の成り立ちや企業文化を中心にお話を伺いました。
谷口 辰成 プロフィール
株式会社セキュア 代表取締役社長
2002年10月 有限会社セキュア(現 株式会社セキュア)を設立。代表取締役に就任。
設立当初はホームセキュリティ製品の開発を行い、2006年にドアロック「セフィリオ」で経済産業大臣賞を受賞。
2010年 ホームセキュリティ事業から、企業向けセキュリティ事業への転換。
「監視カメラはプライバシーの侵害」の時代を経て
倉持 谷口さんは26歳で起業されたのですね。どういう経緯で事業を始めることになったのですか?
谷口 小さい頃から起業が夢だったんです。孫正義さん(ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長)が世に出てきてからは「自分も孫さんのような経営者になりたい」とあこがれて。でも、起業の前にまずは仕事の仕組みを学ぼうと、22歳の時(1998年)にITのホスティングサービスの会社に入りました。
倉持 インターネットバブルの頃ですね。渋谷がビットバレーと呼ばれていた。その頃のIT関連企業だと猛烈な勢いで成長していたでしょう。
谷口 朝まで働くのが当たり前でしたね。人の入れ替わりも激しくて、半年もすると顔ぶれが全員変わっていたぐらいです。
そこで2年働いた後、ある韓国企業の日本法人設立に誘われたんです。2000年のことです。韓国も当時はインターネットバブルで、日本法人を作ると株価が上がるような状況でした。会社の立ち上げを経験したいと思っていた私にとっても、これは願ってもない誘いでした。
仕事は監視カメラの記録装置の販売です。日本では当時、監視カメラの映像はVHSのテープに記録するのが主流だったのですが、韓国ではハードディスクに記録するものが出始めていました。セキュリティとの関わりもこの時からです。
その後、韓国の政権交代に伴って会社がゴタゴタしたこともあり、潮時と判断して起業しました。2002年10月、26歳の時です。
倉持 最初は何を手掛けたのですか。
谷口 韓国企業で関わっていた監視カメラを販売するつもりでした。でも、まったくダメでした(笑)。マンションに監視カメラをと言うと「プライバシーの侵害だ!」と言われた時代でしたから。今でこそ監視カメラはメジャーですが、当時はそうではなかったのです。
企業でも、監視カメラを導入しているのは銀行などセキュリティ意識の高いところだけでした。そういう企業は知名度のないスタートアップなど相手にしてくれません。
倉持 それでもセキュリティにこだわり続けたのはなぜですか。
谷口 事業モデルを構想していたとき、自分が情熱を捧げられるものはと考えて到達したのがセキュリティだったのです。社会性があり、世の中を変革するテクノロジーに関わるという点で魅力的でした。でも、最初に書いた事業計画の監視カメラは1台も売れませんでした。
モノ作りの難しさに直面
倉持 それは厳しい......。その苦境をどうやって乗り越えたのですか。
谷口 日銭を稼がなくてはなりませんから、一時的に工事を請け負う仕事をしていました。2002年頃は銀行の統廃合が盛んで、監視カメラを設置する仕事ならたくさんあるよと言われたのです。1年~1年半ほどやったでしょうか。
次に何をやるかと考えたとき、2003年当時はピッキングやサムターン回しによる空き巣犯罪が社会問題になっていたんですね。こうした犯罪の対策商品を必要とするのは若い女性や高齢者だと思うのですが、購入するには秋葉原のちょっと怪しげな店に行かなければなりませんでした。
それで思い立ったのが、ホームセンターや家電量販店で買える、分かりやすくてカッコいい商品を作ることです。今でいうスマートロック(スマートフォンなどの電子機器で解錠・施錠する鍵)で、鍵として単独で機能するのはもちろん、家庭内の電化製品と無線でつながり、一つのシステムとして動くものを目指していました。
倉持 谷口さんが構想されたことは、ネットワーク家電やIoTとして現実のものとなっていますね。それなのに、世の中が谷口さんに追いつく前に事業を閉じてしまったのですね。
谷口 いかんせん早すぎました。ホームセンターや家電量販店の店頭で販売していたのですが、売り場づくりには非常にお金がかかるのです。ポップ広告ひとつ取っても1店舗で1、2万円かかります。取り扱い店舗は全国で500ありましたから、トータルでは1,000万円も出てしまう計算です。
倉持 今ならネットで直接販売できたでしょうに。
谷口 はい。さらに悪いことに、2008年のリーマンショックで資金調達ができなくなる事態に陥りました。モノづくりは最初にお金が必要ですから致命的でした。商品としては結構売れていたのですが、品質管理の難しさにも直面し、もう少しコストがかからない事業モデルに転換する必要がある、と。それで事業モデルを転換して、2010年に再スタートしたのです。
倉持 2010年が「第二創業」というのは、コンシューマー向けビジネスから現在のBtoBビジネスに転換した年だったのですね。
ブルーオーシャンの開拓
──第二創業の翌年には東日本大震災が発生しています。事業への影響はありましたか。
谷口 意外にも、事業は止まりませんでした。というのも、この頃から大企業以外でもセキュリティを導入する動きが出始めていたのです。
当時、数百人以下のオフィスのセキュリティをシステムとして提案する会社はほとんどありませんでした。オフィスセキュリティを手掛けていたのは大手の電機メーカーばかりで、対象はビル全体や共有部分だけ。専有部分の個別案件は扱っていませんでした。ですから営業に行けば受注できる状況だったのです。震災後1、2カ月は大変でしたが、以降は順調でした。
倉持 まさにブルーオーシャンだったのですね。
谷口 乾電池で動くような簡単な鍵は当時もあったのですが、それでは入退室ログは取れません。企業に求められるセキュリティ水準が年々高くなる中で、私たちが中小企業や店舗のセキュリティニーズにすっぽり「はまった」というわけです。
倉持 顔認証に着目したのはなぜですか?生体認証なら指紋や静脈でも良かったのではありませんか?
谷口 ご存じの通り、セキュリティと利便性はトレードオフの関係にあります。鍵を1個付けるとセキュリティは強化されますが、利便性は低下する。なんとか利便性を損なわずにセキュリティを高める方法はないか。そう考えて行き着いたのが顔認証です。
顔認証は「触れない」「かざさない」のが最大の特徴です。テンキーを入力したり、カードをタッチしたり、静脈認証の場合は手のひらをかざしたりと、顔認証以外は何らかの操作が必要です。顔認証は当時、生体認証の中では最も不安定で、指紋や静脈と比べるとはるかに精度が劣りました。それでも、「何もしなくていい」のは魅力的でした。
リーマンショックの傷が癒えたタイミングだったことも、顔認証普及の追い風になりました。採用強化のために多くの企業でオフィスへの投資意欲が高まっていて、顔認証は「カッコいい」「スマートだ」と、導入を希望する企業が相次ぎました。
コロナ禍で加わった、セキュリティの新たな対象とは
倉持 そのオフィスですが、新型コロナウイルスによって、テレワークという働き方が急速に浸透しました。緊急事態宣言の解除後は通勤客も徐々に戻りつつありますが、コロナの影響をどう見ていますか?
谷口 オフィス市場が動かなくなっていますから、短期的にはダメージだと思っています。ただ今回、テレワークの導入が半ば強制的に進められたからか、「やっぱりオフィスは必要だよね」という声も多く聞かれます。オフィスは今後も必要とされるのか、縮小・廃止に向かうのか、議論の行方を注視していきたいと思っています。
他方、コロナ禍は新たなインパクトをもたらしたと考えています。セキュリティに「健康管理」という新たな視点が加わったことです。セキュリティとはこれまで生命や財産、信用を守ることでしたが、これからは「社員の健康」も守る対象となります。
倉持 健康もセキュリティの一つとは斬新な視点ですね。企業は今でも社員が健康で安全に働けるように配慮する義務があります。しかし、新型コロナウイルスのような感染症と共存するには、安全衛生の範疇を超えた対策が必要だということですね。つまり、社員の健康管理が不十分だと事業継続のリスクになり得るとも言えるでしょうか。
谷口 その通りです。事業継続のリスクを低下させるには、例えば次のようなことを日々実施する必要があります。「入室時に体温をチェックする」「発熱している場合は入室させない」「オフィス内で過密状態を作らない」「感染者が出たときに接触者を把握する」などです。人手を割かなくても、顔認証を使えばこうした社員の健康管理が容易にできます。
メンタルヘルス対策にも顔認証は有効です。長引くテレワークによって「コロナうつ」が急増したというニュースがありましたね。顔認証は感情分析ができますから、社員の不調の兆しを捉えて早い段階での対応を可能にします。コロナ禍がいつまで続くか分かりませんが、私たちが貢献できる範囲は確かに広がっていると考えています。
倉持 テレワーク用のITツールについては、在宅での勤務状況を「管理したい」というニーズが高いとも聞きますが、一方で社員の行動をどこまで記録していいかという課題があります。テクノロジーは「社員がいかに生き生きと働けるか」という視点で活用したいですね。
小売業の期待に応えるために
倉持 顔認証によって感情分析ができるという話は、未来型無人化店舗「SECURE AI STORE LAB(以下、AI STORE)」での実証実験ともつながりますね。対談に先立って店舗に立ち寄らせていただきましたが、案外シンプルな仕組みで驚きました。
無人店舗というと、2018年に米サンフランシスコで利用した「Amazon GO」を思い出します。あれは衝撃的な体験でした。お金を払わずに品物を店の外に持ち出すのがなんとも落ち着かなくて(笑)。
谷口 分かります(笑)。AI STOREも現時点では二要素認証にしていますが、最終的には顔認証だけで入店から決済まで、ウォークスルーで完結できる衝撃を体験していただきたいと思っています。
倉持 AI STOREで行われているのは、いわば監視カメラのインテリジェント化ですね。来店客が手に取ったり目を留めたりした商品は何かといった、POS(販売時点情報管理)に到達する「前」の情報を分析して活用する。その発想が実におもしろいです。
谷口 私たちの目的は、自力ではIT化が難しい小売業の支援です。私たちのお客さまに書店やドラッグストアがあるのですが、いずれも万引き被害が深刻です。売り上げに対する被害額の割合(ロス率)は1%、多いところでは4%に上ります。小売業の営業利益率は2、3%ほどですから、いかに経営を圧迫しているかが分かります。
でも、テクノロジーでロス率をゼロにすることは難しいんですね。万引き対策として人を追加雇用するのも現実的ではない。人を増やさないでロス率を下げられれば小売業の経営に貢献できるのではないか。そんな思いから実店舗での実証実験を始めました。
といっても、無人化がゴールではありません。効率化・省力化という経営者にとってのメリットと、新たな購買体験という来店者へのベネフィットを、両方同時に提供することを私たちは目指しています。
倉持 谷口さんの言葉の端々からは小売業に対する強い思いが感じられますね。
谷口 BtoBビジネスを始めて分かったことは、小売業におけるセキュリティ需要の高さです。小売業の方は注文も厳しいのですが、その分、私たちに期待をかけてくれています。不具合や問題が生じても商品を導入してくれた経験もあり、私たちはその期待に応えたいのです。
倉持 私もEコマースを営むお客さまを担当していたことがありますから、よく分かります。小売業のお客さまは、100円、200円の手数料収入の中からお金をかき集めてITに投資してくれるのですよね。そのありがたみ、厳しさを私も当時学びました。
発明すべきは車輪ではなく
──ラックのCTOとして、セキュア社の技術力のどんな点を評価していますか?
倉持 プロダクトを生み出す力です。さまざまな技術を組み合わせて、いち早く実現するところが本当にすごい。私たちも「新規事業の立ち上げだ!」とか「新規プロダクトの開発を始めるぞ!」と打ち出すのですが、なかなか日の目を見ません。セキュアさんのスピード感を見習わなければ。
──谷口さんが社内に対して日頃おっしゃっていること、意識していることは何ですか?
谷口 「車輪の再発明はいらない」とよく話しています。世の中に車輪がすでにあるなら同じ車輪を作る必要はない。すでにある車輪(テクノロジー)を利用して、新たな発想でより良い物を作ろうということです。
とはいえ、私たちも失敗は多いのです。ラックさんに扱ってもらっているパソコン画面ののぞき見対策ソリューション「顔認証のぞき見ブロッカー」も最初は全く売れませんでした。2年前に発売した混雑度可視化ソリューション「comieru(コミエル)」もそうです。それがコロナ禍によって引き合いがすごく増えています。不発はたくさんありますが、しかるべきタイミングが巡ってきた時に売れている状況です。
倉持 セキュアさんがプロダクトを開発するタイミングは、潜在的には「課題」として存在するものの、まだ世の中で認識されていない時なのですね。それで顕在化したときに「セキュア社のアレがあるじゃないか」となる。社長としては資金繰りなど気が気でないと思いますが、ポジティブな口調で「たくさん失敗している」とおっしゃったところが、プロダクト開発に対するセキュアさんのカルチャーの表れなのでしょうね。
谷口 当社の行動指針の1つは「失敗を恐れないこと」です。失敗は自分を最も成長させてくれる機会ですから、「上手に失敗して早く成長しよう」と話しています。
倉持 私も常に「失敗を恐れるな」と言ってはいるのですが、下の人間からするとどうしても額面通りには受け取れないようです(笑)。
谷口 そうだと思います。AI STOREに携わったエンジニアも怖がっている部分がありました。顔認証によってウォークスルーで買い物を完結させるというのは大変リスキーなことです。しかし、テクノロジーの精度を上げるだけではない、別の方法があったりもしますから、果敢にチャレンジする文化を意識的に作ろうとしています。
──第二創業から丸10年。会社はどのように変わりましたか。
谷口 会社の理念や文化、風土というものを、ようやくストーリーで説明できるようになりました。それを意識して社員も行動につなげようとしてくれています。仕事に対して自信や誇りを持つようにもなっています。マネジメント層も育って、ようやく組織らしくなってきたでしょうか。
倉持 ここまでお話を伺って、セキュアさんがお客さまの課題に真正面から向き合って事業を築いてこられたことがよく分かりました。「顔認証のぞき見ブロッカー」の販売だけでなく、AI STOREのような小売・流通業向けのソリューションなど、協業できる分野は幅広いと考えています。ぜひ一緒にやりましょう!本日はありがとうございました。
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