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サイバー犯罪には、個人を標的にするものも少なくありません。特にSNS経由で言葉巧みに接近し、なけなしの財産を奪い取るオンライン詐欺は決して許せない卑劣な犯罪です。
ところが、その憎むべき詐欺犯が、加害者であると同時に被害者でもあるケースがあります。強要されて、やむなく犯罪に手を染めている人たち、「サイバースレイブ」と呼ばれる存在が明るみに出ています。
高給の仕事、"夢の切符"が実は......
ナンダン・サハさんは、コンピュータサイエンスの学位を持つ30歳の男性です。3人の子どもを持つ父親でもあり、インドでも特に貧しい地域である東部のビハール州の自宅で、コピースタンドを営んでいました。
ある日、サハさんはデータオペレーターとして、夢のような高給の仕事がカンボジアにあることを知りました。早速、登録して採用が決まりました。エージェントに13万ルピー(約21万円)の手数料を支払って、現地に向かいました。
ところがサハさんを待ち受けていたのは、全く違う仕事、つまり「インターネット詐欺」を仕掛ける仕事だったのです。ほかにも同じようにだまされて集められた人たちがいて、皆、朝から晩まで休みなく、詐欺犯の仕事をさせられました。
サハさんは、拒否しようとしましたが、死にそうになるまで殴られ、スタンガンでショックを与えられ、最終的に森の中に1人で放置されました。たまたま通りかかった村人に助けられ、ボロボロになりながらも、生きて帰国したといいます。
これを伝えたのは、2024年4月のインドの英字日刊紙「ニュー・インディアン・エクスプレス」です。同紙によると、こうした事件は決して珍しいものではないといいます。
「サハさんが体験したことは、新しい搾取と人身売買の典型的な例だ。コンピュータの知識のある求職者が、魅力的な報酬とともにマーケティングや為替取引のような仕事と偽って、サイバー犯罪組織に誘われる」と同紙は解説しています。
彼らは、サイバー空間における奴隷(Slave)にたとえて「サイバースレイブ」と呼ばれ、国際的な問題になっています。同紙は、カンボジアでは5,000人以上のインド人がサイバースレイブの状態にあると伝えています。
パスポートを取り上げられ、監禁状態に
サイバースレイブの実態を見てみましょう。
サハさんの例でわかるように、サイバースレイブ問題は人身売買、強制労働、サイバー犯罪など多くの要素から成り立っています。
国際移住機関(IOM)と国連薬物犯罪事務所(UNODC)が主導する官民連携の取り組み「RESPECT」(人身売買に反対する責任ある倫理的民間企業連合)がまとめたレポートによると、サイバースレイブの獲得には、いくつかルートがあります。組織犯罪グループが自ら行うこともあれば、人身売買業者が仲介することもあるようです。以下のようなものです。
- 求人サイトでの募集
- ソーシャルメディアの求人グループを通じた募集
- 個人のネットワークを通じた募集
- 顧客になりすましての勧誘
- 路上でのスカウト
- 旅行者などの誘拐
"エサ"にする仕事は、IT関連、マーケティング、通貨取引などで、報酬が良いほかに、プライドをくすぐるような面もあります。
採用された人は、現地に着くとパスポートを取り上げられ、半ば監禁状態の中で、約束とは全く異なるサイバー犯罪行為を強要されます。ノルマを課され、達成できない場合は暴行されるという被害者の証言も多数あります。
サイバースレイブになってしまった人たちは、最初のあっせん料を支払うために借金していることもしばしばです。途中で変だと感じても債務に縛られ、引き返せないケースが多いといいます。
国際連合の推計によると、東南アジアで少なくとも22万人がサイバースレイブとして働かされており、カンボジアとミャンマーで各約10万人と、そのほとんどを占めます。
国籍では、東南アジアのほか、中国本土、香港、台湾、南アジア、アフリカや中南米からの人もおり、多くは高学歴で専門職に就いており、多言語を話す人も少なくないといいます。
そうしたサイバースレイブを集めた「犯罪センター」がいくつもあり、合わせると毎年数十億ドルの収益を上げているとみられています。
じっくり時間をかける「豚の食肉処理」詐欺
サイバー犯罪組織は、違法ギャンブル、暗号通貨詐欺、投資詐欺、ロマンス詐欺まで、利益の大きいものなら何でも手を出します。そのうち、サイバースレイブが従事しているのは、日本では「特殊詐欺」と分類されるもので、「SNS型投資詐欺」や「ロマンス詐欺」と呼ばれているものです。リアルでは会ったことのない相手から、お金をだまし取る詐欺です。
それには、特に手の込んだ「豚の食肉処理(pig butchering)」という詐欺手法がよく使われています。豚を食肉にする前に、しっかり太らせておくのと似ているところから付いた名前で、ターゲットの信頼を得る段階を、豚を太らせることになぞらえたものです。中国が起源と言われている手口で、中国語では「殺猪盤」と表記されます。新型コロナで外出が制限された時期に、急速に東南アジアに広がったといいます。
サイバースレイブはまず、SNSや出会い系のサービスでターゲットにコンタクトします。最初は警戒しているターゲットに対して、魅力的で思いやりのある人物を装いながらフレンドリーなやりとりを続け、相手の警戒心がなくなり心を開いたところで、投資に誘います。
誘導するサイトは仮想通貨(暗号資産)取引所や投資サイトで、一見、不審さなどを感じさせない立派なものです。架空の利益表示を見せることでターゲットの心理を操り、追加投資させます。ターゲットは有り金をつぎ込んだ後で気づいてサイトを見ますが、そのときは時既に遅しで、サイトは雲散霧消している、というのがパターンです。
日本でもオンライン特殊詐欺が目立って増えています。報じられたニュースの「外国人」「好意」といったキーワードからは、背後にサイバースレイブが関わっているものもあるのではないか、と推察されます。
- 「外国人女性名乗る人物に暗号資産2830万円分だまし取られる 51歳男性、利益一部返され重ねて送金」(京都新聞)
- 「『愛を感じることができる』と投資誘われ1億9600万円だまし取られる SNS型ロマンス詐欺」(山陰中央新報)
- 「『大きな投資しよう』中国人かたる人物に好意、アルバイト41歳女性が1200万円詐欺被害」(京都新聞)
- 「外国人と恋に落ちたら『詐欺』だった SNSで甘い言葉、送金迫られ...」(下野新聞)
求められる国際協力
オンライン詐欺は国境を越え、人の心の隙を突いてお金をだまし取ろうとします。
しかし、国境を越えた犯罪を阻止するのは簡単ではありません。サイバースレイブについて、国連は「東南アジアの一部の国では、人身売買対策に関連する法や政策の枠組みが整備されていても、国際基準に満たないところも多い」と指摘しています。
そして、「影響を受けるすべての国で、腐敗行為防止に取り組む真剣で継続的な努力をしなければならない」と国際協力の必要性を強調しています。
プロフィール
末岡 洋子(ITジャーナリスト)
アットマーク・アイティ(現アイティメディア)のニュース記者を務めた後、独立。フリーランスになってからは、ITを中心に教育など分野を拡大してITの影響や動向を追っている。
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