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<【骨折記(その1)】からの続き>
次に歩きスマホの恐ろしさも書かないわけにはいかない。
松葉杖では、急な方向転換は難しい。前からスマホしか見ていないイアホンをはめた巨漢が歩いてきたとしよう。
リスク管理上、向こうが気付くずっと前にこちらが回避行動をとらざるを得ない。駅の雑踏の中、危険がいよいよ差し迫ってから不意に「車線変更」をして、後ろから衝突されてもそれはそれで一巻の終わりなのである。如何に赤兎馬といえども、雑踏の中で真価を発揮することはとても難しく、ラッシュ時の新宿駅などは正に戦場の緊張感だ。
この歩きスマホ問題については、ことは我が国だけに留まらない。
ウォールストリートジャーナルは、2月19日付の記事 の中で、歩きスマホの実験についてレポートしている。
映画、「スターウォーズ」に登場する毛むくじゃらの「チューバッカ」の着ぐるみをして歩道に立っている人に、歩行者がどのくらい気づくかを試したのだ。興味のある人は、記事を読んでみてほしい。
中国のある都市では、ついに歩きスマホ専用レーンなるものが登場したそうだが、私にはそれが方向性とは思えない。
テクノロジーが進化して、歩きスマホに衝突回避センサーなどが具備され、完全に安全が保証されたと仮定しても、周囲のものごと、つまりチューバッカや松葉杖の人や季節の変化に気づくことなく歩いていて良いだろうか。
私はそうは思わない。それは節度と品格、さらに五感と感性の問題であって、物理安全だけの問題ではない。
大げさかもしれないが、周囲のことに無関心・無関係・無感動になり、スマホ画面に世界を限定する様は、どこか自分に直接の関係のあることにしか興味をもたず、関心の幅や考え方の幅が狭い現代の人間像の問題そのものを表していると感じる。
Facebook で自分に興味のあるニュースフィードだけを購読し、そこに流れてこないものは自分の興味の外だとするような情報収集スタイルがあるように、取捨選択できるほどの無限の情報ソース環境そのものが、逆に自分が心地よいと感じる情報、自分に直接の関係があると感じる情報にしか接しない、いわゆる「情報ひきこもり」症候群を引き起こしているとも考えられるのである。
それは何にせよ二極化しがちな現代社会の傾向と、無縁ではないだろう。例えばある運動に賛成の人は、それをサポートする情報ばかり集まり、ある運動に反対の人は、それをサポートする情報ばかり集まるというような構造だ。
皮肉にも技術の進歩や情報量の爆発的増加に伴って必然的に生まれた「情報の選択」が、個人の接する情報の多様性を奪っていると思うことがある。
Facebook 情報収集の例を更に一歩進めて、機械学習によって個人のフィードバック(直接的な評価か、またはそのページに何秒留まったかなどの暗黙のフィードバック)を受けながら AI(人工知能)が収集した情報の中から受け手に最適なニュースを届けるメディアを想像してみよう。
技術的にもそう難しくもなさそうでだから、思い付きだが如何にもでてきそうだ。
しかしそれは、個人の思想や考え方、興味の幅に対するおべっか、つまり「独りよがり助長機能」に過ぎないものとなる危険性がある。
骨折して以来、会社の同僚や先輩後輩、そしてお客様もとても親切にしてくださり、知り合いがいれば困ることはまずなかった。しかし日本人は、もしかして「自分の輪の中の人」とそれ以外の人で、態度が違い過ぎる傾向があるかもしれない。そしてそれは、関心や意識の狭さとも関係しているのではないか - 赤兎馬で戦場を駆け抜ける私(イメージ)は、そんなことを感じていた。
ということは、である、逆にすごく「輪」から遠い人たち、たとえば諸外国の人々から見た日本人の印象というのは、どういうことになってしまうだろうか、と壮大な心配にまで話しは至る。
ヨーロッパに押し寄せるシリアや北アフリカからの難民の問題が深刻化して久しい。
例えばこの問題について、ヨーロッパの人々は難民に憎しみの目を向け始めてしまったと感じる一方で、先進国の中でもっとも無関心の目を向けている(目を背けている、というべきか)のは、日本人ではなかったかと思う。
報道自体のスピードも中身も、明らかに米国等のメディアに劣っている。これでは個人が余程強く意識しないと、情報摂取の偏りがおこるだろう。それはメディアの責任か、我々の責任か。
無関心の反対が愛であるなら、広い人類愛は広い関心を前提としなければ生まれえない。
脳科学者の中野信子さんによれば、「利他行動」の快感を判定する脳の領域と、美を感じるための脳の領域とは同じだそうだ。この部位を退化させてはならない。
当社本社の隣、最高裁判所の通りの桜。
2015年4月1日撮影である。毎年ながら、息をのむほど美しい。
神はその教えを様々なものごとに仮託して届けるようだ。
骨折に仮託された教えだってある。
その教えのイコンとも言うべき赤兎馬との付き合いは、もうすぐ永遠に終わる。
桜の開花と共に神は去り、自分の足で立つ時が来るという訳だ。
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