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テクニカルレポート | 

あなたの会話はデバイスのマイクで盗聴されている?マーケティング会社の流出資料の顛末は

消費者のインターネット上での行動や特性に基づいて、需要を的確にとらえた広告を送り込む「ターゲティング広告」は、製品やサービスの販売を促進したいマーケティング担当者にとって魅力的なツールです。消費者にとっても、欲しい商品に関する情報や好みの広告が自動的に表示されるメリットがあります。

しかし、その背後ではユーザーの個人情報が利用されることがあり、その収集方法や利用方法が倫理的・法的に問題視されるケースもあります。ここでは、スマートフォンなどのデバイスのマイクからユーザーの会話を聞き取る「アクティブリスニング」という技術がプライバシー侵害になるのではないかという懸念について、最近のメディアでの報道を基に紹介します。

プライベートの会話データを基にターゲット広告を配信

2024年8月26日、米国でラジオ、テレビ、新聞などを展開するメディアコングロマリット「コックス・メディア・グループ(以下、CMG)」が、ユーザーの会話を基にしたターゲット広告サービスをスポンサーに売り込んでいると報じられました。

このニュースは米国の独立系テックニュースサイト「404 Media」が伝えたもので、アクティブリスニングを用いているといいます。プライベートの会話を聞きとったデータを、本人の許可なく利用することから、プライバシー侵害の懸念を呼び起こしました。404 Mediaは、その証拠となるCMGのクライアント向けプレゼンテーション資料を入手したと主張しています。その中には次のように書かれています。

パワー・オブ・ボイス(と、われわれのデバイスのマイクロフォン)

スマートデバイスは私たちの会話を聞くことで、ユーザーの関心事が分かるリアルタイムの意図データを取得します。広告主は、この音声データと行動データを組み合わせ、市場の消費者に訴求できます。われわれは、470以上のソースからデータを集め、AIを活用して、キャンペーン展開、ターゲティング、パフォーマンスを向上させています。あなたは、ライバルよりも先に潜在顧客にリーチできるのです。

※ 404 Media「CMG Pitch Deck on Voice-Data Advertising 'Active Listening'」
筆者による日本語訳を抜粋

広告料金は「10マイル圏内のターゲティングに1日100ドル、20マイル圏内に200ドル」と明記されていました。何よりメディアが目の色を変えたのは、ユーザーに関する情報源として、LinkedInやFacebookおよびその他多数のテクノロジー企業もしくはサービスの名前が挙がっていたことです。

これら大手テクノロジー企業は、膨大なユーザーデータを管理しています。また、スマートフォンアプリや、スマートデバイスなどを通じて音声にもアクセスできると考えられます。このため、これらの企業がユーザーに無断で「盗聴」しているのではないかという疑惑が浮上しました。

スマートフォンの盗聴疑惑は、2010年代からネット上で頻繁に話題になってきました。ターゲティング広告の精度が向上し、あまりに「自分にぴったり」の広告が配信されるのに驚いたユーザーから、「私の会話を盗み聞きしているとしか思えない」という声が続々と上がりました。

2018年には、フェイスブック社(現メタ社)の「ケンブリッジ・アナリティカ個人情報流出問題」で、米議会公聴会に呼ばれたマーク・ザッカーバーグCEOが、議員から盗み聞きの有無を問いただされる場面もありました。ザッカーバーグ氏はその疑惑を全面的に否定しましたが、これをきっかけに音声アシスタントを搭載したスマートデバイスに対するプライバシー侵害の懸念が一層高まりました。意図せぬ音声データの収集や利用に対して、人々はますます疑心暗鬼になっています。

スマートデバイスの「盗聴疑惑」に関係する報道には、以下のようなものがあります。

事案の概要 情報元 情報元
2018 音声アシスタント機が、米オレゴン州に住む夫婦の会話を知らないうちに録音し、内容を他人に送信した。 CNN
2019 ベルギーで、音声アシスタント機を通じて録音された音声を、音声アシスタント機メーカーの従業員が聞いていたことが発覚した。 VRT NWS
ARS TECHNICA
2019 音声アシスタント機実装の請負事業者が、音声アシスタント機を通じて録音された会話を聞いていたことが判明した。 The Guardian

CMGやテック大手の説明

スマートデバイスの盗聴疑惑がくすぶる中で、404 Mediaがプライベートの会話データを基にターゲット広告を配信した「証拠」を示した格好となり、他のニュースメディアも一斉に後を追いました。情報源とされた各社はそれぞれ、CMGとは関係していないと強調して、距離を置く姿勢を見せました。各社のメディアに対するコメントは以下のようなものです。

  • 「このプログラムでCMGと協働したことはないし後もそのような計画はありません」
  • 「全ての広告主は、全ての適用される法律や規制、広告ポリシーを順守しなければなりません。そして、これらのポリシーに違反する広告や広告主を特定した場合は、適切な措置を講じます」
  • 「皆さんの携帯電話のマイクを広告のために使用していません。この件には長年明らかにしてきました。CMGにコンタクトをとり、彼らのプログラムがメタのデータに基づかないことを明確にするよう求めています」

一方、震源地となったCMGは、取材に対して次のように回答しています。「CMGは会話の内容を聞いたことはありません。第三者が集約し、匿名化し、完全に暗号化された広告掲載に使用できるデータセット以外のものにアクセスしたこともありません」

ニューズウィークはこのコメントについて、CMG自身は会話を聞いたり、データを集めたりしていないと明言してはいるが、「サードパーティーのプロバイダーから既存の音声データセットを取得し、他のソースと組み合わせた」という解釈ができると指摘しています。

アクティブリスニングは合法?

アクティブリスニングは、404 Mediaが2023年12月、CMGのWebサイトから得た情報をもとに報じたものです。

「心を読める世界を想像してほしい」(Imagine a world where you can read minds)という言葉で始まるWebサイトは、「スマートデバイス上で交わされる会話から得られる顧客データを収集・分析することで、顧客が広告に接触する可能性が最も高い場所とタイミングを特定できる」と、その効果をうたっていました。

しかし、404 Mediaが問い合わせると、該当ページはネット上から削除されてしまいました。その消えたページのFAQ(よくある質問)の中には、「アクティブリスニングは合法か」という項目もあり、このように説明していたようです。

手短に言えばイエスだ。新しいアプリのダウンロードやアップデートの際に、利用規約が何ページにもわたって小さな文字で表示される場合、アクティブリスニングが含まれていることが多い。

つまり、このサービスは「利用規約」で、ユーザーの会話の聴き取りについて許諾を得ていたということのようです(ただし、文字は気づかないほど小さかった可能性があります)。サイトについてメディア各社から問い合わせを受けたCMGは、グループの広告会社CMG Local Solutionsが出したものであることを認めましたが、既に販売を終了したサービスだと説明しました。2024年9月27日のプレスリリースでは、以下のように述べています。

最近の報道で言及されている情報は、CMG Local Solutionsが販売を終了した(この製品は顧客の会話を聞くことはないが、誤解を避けるために随分前に販売を終了した)製品の昔の資料に基づいている。

結局、これ以上の説明はなく、アクティブリスニングが実際に利用されていたのか、どれくらいのユーザーに関係することなのか、詳細は分からないままです。すっきりしない結末と言えます。

スマートフォンの盗聴は、会話を聞き続けるためにデバイスのリソースを使い、バッテリーも消費するため現実的ではないとの指摘もあります。とはいえ、テクノロジーは日進月歩なので絶対にないとは言えないでしょう。

ユーザーができる対策としては、何よりも利用規約は面倒でもていねいに読むことでしょう。また、アプリにマイクへのアクセスを許可するか否かはユーザーが指定できるので、アプリを利用する際にこまめにチェックすることも重要です。

プロフィール

行宮 翔太(ライター)

行宮 翔太(ライター)
ローカルテレビ局や全国紙の記者を経て、フリーランスのライター、編集者として活動する。ビジネスやテクノロジー業界の動向を追い、近年は主にAIの領域をカバーしている。

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